SHONAN BEACH FM -NAGAMURA KOYO 長村光洋

湘南カチート 水曜23時 JUKEBOX 金曜17時 N盤アワー 月曜23時 のブログです。
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スリーピー・ジョン・エステスの音源が発掘されて、、、

Beach FM 今日の日記から

いつものように輸入盤屋の中をゾンビのようにうろうろと徘徊していたら、
スリーピー・ジョン・エステスの1974年の未発表音源CDが目にとまった。
ニューリリースです(?)
1920年代から50曲ものカントリブルースを録音した彼は,その後,時代の波に押し流され
50年代には姿を消していた。その名前も唄も一度は世の中から消え,彼を憶えていた
人達は彼は死んものだと思っていた。
1960年代後半,再びブルースが見直され奇跡的に片田舎で発見された時,
その家には電気も水道もなくギターも消えていた。
極貧から両目を失明した彼は光さえも失っていた。

発見者が車からギターを運び彼の腕に抱かせると, このボロボロの男が
スリーピー・ジョン・エステスであることを確認するのに時間はかからなかった。

こんな奇跡的な瞬間はハリウッドで映画化するべきだと思う。
「RATS IN MY KITCHEN」 残りわずかな食い物をネズミに喰われた
全盲の男のブルース、、、。

その後,数々の録音を残した彼は日本でも来日公演を行った。
アルバムは日本のオリコンにチャートインして BBキングなみの人気と世界を驚かせた。
34年お蔵入りしていたこのCD音源にも,この話が記されていている。
「日本から帰ったスリーピーは,その後アメリカで前よりましな家に住むことができました。」
めでたし,めでたし。 

さて,彼の唄は最初から最後まで貧乏な曲ばかりで,当時中学生だった僕に理解
できたとは とうてい思えない。 でも 「一味違った中学生」 を目指していた僕は
ステレオの前に正座して一生懸命に聴いた。   変な子供だったのでしょう、、、。
34年振りのこのブルースを聞いた時,何故か「心の故郷」だと感じてしまった。
環境も生活も違うけど、何故か彼の唄が心に沁みてくるんくるんです。
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by koyonagamura | 2008-11-22 15:52 | 日記 2007-2009
ナイトメア・ビフォア・クリスマス
2007年12月20日

ちょっと前の話だが、「ナイトメア・ビフォー・クリスマス 」
クリスマス前にハロウィーンの話を。」
東京の港区の一画では昔からハロウィーンの時期に
外国人の子供達が隣家をまわってキャンディをもらう習慣がある。
インターナショナルスクールでハロウィーン・パレードを催す頃から
じわじわとムードが盛り上がって、当日、子供達は放課後、友達を集めて
近所を歩きはじめる。
みんなで、あっちこっちでお菓子貰って、
「ここで喰わなきゃ一生の損」  とばかりに
ガリガリ と キャンディをかじりまくるから、その後の1週間は
ニキビずらの子供が増える。
とても微笑ましい、子供達の年中行事である。

さて、近年それを聞きつけた (敏感に察知した?)日本の子供たちが
キャンディをもらいに、やって来るようになった。
今年は嘘だと思う数字だが、5000人の子供たちが外から集まってきたそうだ。
(正式な数字ではない、僕も信じられない)
日本の子供たちの目にも、この 町ぐるみの外国の行事が新鮮で
楽しくうつるらしい。  近所の欧米人の方々に、
「そんなに来たんじゃキャンディ用意するのも大変だろう ?」 と聞いたら
日本の 「お祭り」とか 「盆踊り」でいつも世話になっているから
その位の地域貢献は大歓迎 !!  という意見が多いようで、
「なるほど!」と感心した。  宗教を超えちゃってるわけだ。
母国を離れ、遠く日本に住んでいるからこそ、コミュニティを大切にしている
外国人から勉強させてもらうことって意外と多い。
とにかく、こういうパターンで自然に民間から生まれたイベント(?)を
生まれて初めて体験した。
ハロウィーンのキャンディ配りは日本でも定着するかもね!!!
きっと、大手の外食チェーンも客集め用に便乗して
ハロウィーンにキャンディを配るだろう。イベントとしてのパレードも増えている。
銀座だって六本木だって、この時期は、御父さんの為のハロウィーンでいっぱいだ。
でも、そうじゃなくって普通の町で、家で、普及すると、もっといいと思う。
近所の可愛い子供たちが仮装してキャンディ貰いに来るのを楽しみにしている、
お年よりの世帯もあることだろう。
「子供達のマナーも年々良くなってきている。」とのこと。
性善説を信じれば良い事づくめだが、、。
でも、一体 来年はキャディを幾つ買っておけばいいんだろう?
期限切れとか、、、。
「みなさん、来年もよろしく、良い夢を、、、」
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by koyonagamura | 2008-11-12 14:08 | 日記 2007-2009
あのリッキーおばさんを観に高層オフィスビルの一画へ、
Beach FM 日記より
2007年11月17日

こんなこと言っちゃ悪いけど、でも言っちゃうけど、07年リリースされた
リッキー リー ジョーンズの新作は傑作だったので、まさか六本木の
ビジネスビルで彼女のライヴを観ることになるとは思わなかった。
今年中頃からイギリス公演、そしてフランスではJAZZ & BLUES Fes.に参加して、
その後の来日だから、ここの箱には違和感があったかもしれない。
些細な行き違いは、彼女の79年のデヴューアルバム「浪漫」がAORの
名盤として団塊の世代以降のリスナーの脳裏に深く植え込まれていることだろう。
2007年の彼女の新作を聴いて「高層オフィスビルの一画で晩飯喰いながら
ライヴ観るべし!」 と感じた人は少ないと思う。 むしろ疑問を持つと思う。
それでも彼女のファンは、聴きに行く。 食事の匂いがプンプン鼻についても、
フォークとナイフの金属音が演奏中にカシャカシャ音をたてて騒がしくても
我慢する。 
格差社会じゃないが、飲食サービスエリアや会社の交際費で落とせそうな
ビジネスメンバーに接客の差をつけられても、音楽ファンには関係ない。

途中、実娘がステージに登場しボウイの「レベル レベル」を一緒に歌ったり
新作の曲は重厚感のある妖しさをもって、面白いライヴだった。

このホールは、確かに気軽で便利。 都心のビジネスライフに音楽の潤いを与える
絶好の場所だ。 2万円払ってもスティーリ ダン観たら幸せだったろうし、
ジェーン バーキンもお金があったら観たい。 ニコラ コンテの4300円は安い。
スタイリィ スティックスのクリスマスディナーは怯むけど
その後のアレステッド ・デヴェロップメントは観たい。
リッキー リー ジョーンズは、また観たい。 いつか、何処かで、、。
そして、このホールにもまた来ることになるでしょう。

余計な御世話だが、むしろ飲食スペースを2,3階にしたらどうだろう?
1階は邪魔にならない程度に奥の一部をスタンディングにするとか?
カウンターにするとか?
それじゃ飯喰う奴いなくなるし、採算あわなくて駄目かな?
俺、飲食業については素人だしな。
やっぱり余計な御世話だったか?
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by koyonagamura | 2008-11-11 10:46 | 日記 2007-2009
ガールズロックのオジサン的 聴き方―パラモア編
2007年10月22日

渋谷のオンエアーにパラモアのライブを見に行った。
Voc.のヘイリー嬢は18歳、ナッシュビルの高校の友達で結成された
POPなパンクバンドだ。
ナッシュビル出身といっても、音は驚くほどナッシュビルと関係ない。
さすがアメリカ。 観客はもちろんKIDSだ。
普通だったら47歳の親父はここに居場所はないんだが、11歳の息子の同伴者
として行ったので堂々とライヴを楽しむことが出来た。
これは俺が新しく生み出した裏技で、うちのガキと一緒に行けば、
どんな若い女の子のライヴも観に行けるのだ。
こんな言い方は変態っぽい、こんな言い分でどうだ?俺は、別にヘイリー嬢のファン
だってわけじゃないが、これも一つの社会勉強だと思って観に来たんだ。
KIDSがエキサイトするのをしり目にライブハウスの壁にもたれ、ダークな
スーツ着て、ウイスキー片手に中年男がロックを楽しむなんて風景も
なかなか渋くって良いぞ!なんて思ってるのは俺だけか?
さて、パラモアのシングル「ミザリー ビジネス」はビルボードの
M.T.CでBEST10 に突入、2ndアルバムもチャートを躍進中。(9月)
「10代にしか出来ない、10代にリアルに響く音楽」として、これからビッグセールス
を期待できるバンドになることを確信(?)している。
欲を言えばステージで腕を突き上げた際の腕の長さがちょっと短い気がしたが、
まだ子供なので、これから伸びるかもしれない。
そういえばアヴリル ラヴィーンも背が低かった。
小さいアイドルのほうがKIDSには人気あるんだ。
18歳の女の子のライヴは、なかなか面白かったが、これが癖にならないよう
オジサンは気をつけなければなりません。
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by koyonagamura | 2008-11-10 13:38 | 日記 2007-2009
頑固なイタリア人と上海に行ってきました。
Beach FM 今日の日記から
2007年9月2日

イタリアはローマ人の古い友達、ゴタルド カサデイ氏から
「ビジネスで中国に行くから上海まで来い、」と夜中に電話をもらい、
久しぶりに中国に行ってきた。
今から25年前、まだ中国人が人民服でビシッ!とキメテタ頃、
バックパックしょってふらふら旅して以来、何度も訪れていたものの、
(学生時代、あの頃は 呑気に中国、餃子探訪なんてしていたのだが、、、)
昨今の開発ブームにはあらためて圧倒された。
以前、ゴタルドの家族が日本に来た時   「東京は何もかも新しい物ばっかりで、
とてもじゃないけどイタリアは競争できないわ。イタリアは古いものばっかりだもの。」
とお母さんが言っていたが、これ見たら何を思うんだろう?
さて、このローマ男は気難しい。
今回は 「俺は、生まれてから一度も中国料理というものを食べたことない。」
と言うではないか。
「イタリアンと中華の違いってチーズとトマトとオリーブオイルだけであとは同じ味だ。
ガーリックがきいてて美味いから、試しに食ってみろ。」と言っても、
「俺は今までも食べなかったし、今回も絶対に食べません。」と拒絶するので、
川沿いの夜景の綺麗なイタリアンレストランを毎日探した。
あの有名なテレビ塔が目の前に見える旧英国の銀行街にあるやつだ。
なかなかお洒落だが、、どこも空いていた。  この界隈では
外国人の集うクラブとトランスミュージックが上海の夜にマッチしている。
という訳で、上海滞在中、中華料理を食べることができなかった。
ゴタルドは世界中、何処へ行ってもヒルトンホテルで生活する。
部屋の雰囲気もバスルームの石鹸の香りも、朝食も、毎日、同じじゃないと
気がすまないらしい。
私は、彼の様な自分のポリシーを貫いて生きる人間を認めてしまう癖がある。

「俺たち中国にいるんだから、少しは中国観光らしいことでもしよう!」
ということで、古い市街を歩いた。ハエがブンブンたかる、屋台と肉屋と、、、
意味不明の店。 好奇心にかられてどんどん奥に入ると、
みんな路地で昼寝したり、トランプしてたり、昔懐かしい上半身裸の
日焼けしたおっさんも沢山いる。
開発地帯の近くでは壊された廃家が連なり巨大な無人地帯が現れる。
「ここは、特別な光景だから記念に写真撮ったほうがいいよね。」
その後、写真を見たら 「これって、イラク行ってきたって言っても、
みんな信じるんじゃない?」 と言う位、みごとに破壊された
背景の連続だった。

東京に帰って、真っ先に中華料理を食べてしまった。飢えていたのだ。
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by koyonagamura | 2008-11-09 09:18 | 日記 2007-2009
夏フェス
2007年8月10日 

音楽フェスの規模もスポーツイベントに負けず劣らず
年々大型化しつつある。
日本においてもフジロック、サマーソニック、国内勢を含めると
10以上の夏フェスが毎年企画されている。
僕が学生だったら10月の朝霧ジャムまで夏から秋にかけて約3ヶ月は
音楽フェスティバル巡礼の旅に明け暮れているだろう。
夏フェスの魅力は,なんといっても音楽を楽しむのと同時に
学生時代の林間学校や臨海学校のあのムードをエンジョイできる
ことである。
そんなことで、1960年代のウッドストックとは時代背景が違うものの,
どこの夏フェスも,レイドバックした牧歌的な心地よさとラヴ・アンド・ピース
を感じるのだ。
日本の夏フェスは来訪者のマナーが良いことでも評判だ。
今後,何が起るか保障はないが, 現時点では本当に安心して音楽を楽しめる。 
自然保護についての啓蒙活動にも感心させられる。
フジロックに行くとゴミの分別に注意するようになり,東京に戻ってくると
「これでいいのか?」と首をかしげる若者も多いそうだ。
もう一つ、これは日本独特の世界だが,食べ物が充実しているのも一つの
楽しみである。 びっくりするほど屋台が並んでいる。もしも、ホットドックと
ビールとフレンチフライしかなかったら、みんなビールのんで暴れると思う。
ここは、とりあえず平和だ。
各ステージを結ぶ林道の灯り等,大型フェスにしては繊細なデザインにも
日本人らしさを感じる。 要は良く考えられて,巧く作られているのである。
海外の音楽ファンからも,「フジロックに行くのが夢だが,金がない!!」
という話をよく聞くようになった。 今や世界的イベントである。。
僕は元来,ひねくれ者で,何でも軽々しく批判するたちだが,このフェスには
感心させられる。 
これからも,日本が世界に誇る,世界のフジロックであってほしい。
ついでに言えば,フジロックも良いが,近くにある貝掛温泉と猿ヶ京温泉
の評判もなかなか良い。
ここの露天風呂に浸かっていると静寂の中,フジロックのことを忘れてしまう
のである。  年寄りにはお勧めである。
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by koyonagamura | 2008-11-08 08:11 | 日記 2007-2009
2007年夏  親父と息子 3世代で海へ行きました。
2007年8月1日 

79歳になる親父と11歳の息子をつれて3世代の男だけの旅にでた。
うちの親父が子供の頃,千葉県の岩井,から館山,の海で毎年,夏を過ごしたそうで,
その海をもう一度,見に行った。
親父も年だからね、、、。
実は僕も小学校4年の時,半年間,ここの海にあった寄宿舎付き学校に送りこまれて
苦労した経験がある。 うちの親父は昔,自分が楽しかったから,僕も楽しむと思ったに
違いない。 迷惑な話だった。
父がそこで夏を海で過ごしたのは昭和10年,僕が居たのは昭和40年のはじめだ。 
という訳で我々にとって,これは時空間を越えるジャーニーである。 だから「旅」であって
「旅行」ではないのだ。 ついでに言えば11歳の米国籍、所有のうちのガキも,
サマーキャンプで来ている。車の中で 「オー!ここ知ってる~~!!
ここ来たことある~~!!」と奇声をあげている。ガキは、ハワイとロスから帰ってきた
ばっかりだ。いきなり、千葉の海を楽しめるだろうか? 心配はいらない。彼は千葉の
「海の家」で食べるサザエの壷焼きが一番好きだ。
ということで親子3代、千葉の海にお世話になっていることになる。

ここの海はお洒落じゃないが,いまさら「湘南族になりたかった。」なんて
言ってみても歴史は変えようが無い、、、。

さて,何故「時空間を越えちゃう旅」なのかというと,これは館山まで貫通した
高速道路と関係するかもしれない。要は千葉県の内房の町って
みんな高速で素通りするから,なかなか発展しない。 岩井の海なんて,
40年前からそ~んなに(?)変わってないのだ。(千葉県のみなさん,ごめんなさい)
海岸沿いの重要な景観ポイントに築40年以上たってるような掘っ立て小屋が
朽ち果てていて,それがレトロで懐かしい光景だ。
もちろん,日本全国歩けば,こんな光景は山ほどある。しかし東京から車で
1時間強の場所でこれだけ朽ち果てた小屋と白い砂浜のコンビネーション,
そしてBGMに波の音をエンジョイするなんてことは普通ありえないことだと思う。
私はこの変わることのない海を79歳の親父に見せたかった。幼い頃の海を
思い出して喜んでくれると期待していた。
親父は海水パンツを間違えて前後逆にはいていたが、ここでは気にする者など
誰もいない。  人間も朽ちてしまった、、、でも目の前の海は広くて大きい。
親子3世代で海を見ながら何を思う、、、?
「これが日本の夏です。」
来てよかった、、と思いながら親父の様子をうかがった。
すると親父の言うことには 、「昔はこの辺は草がぼうぼうしていて建物なんか
無かったんだけどなぁ、、、、変わっちゃったなぁ、、、、」 ということだった。。。

「、、、、、このジジイ、文句ばっかり言いやがって、、、、」
それから、「オー!!!」という掛け声の中、みんなで海に向かって走ろうと思ったが、
親父が 「足が熱い、」と文句言うのでやめた。
                                        (2007年 夏)
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by koyonagamura | 2008-11-08 01:08 | 日記 2007-2009
息子がスタジオに初めて来た日
2007年7月20日

スターライトクルージンの番組に初めて息子が見学に来た。
番組を始めて12年目,この11歳になる息子が生まれる前から
BEACH FM に係わっていることになる。子供が生まれる前に
そわそわしながら「これから生まれる子供の為に,曲を流しましょう。」
なんて言って,放送してたのを今でもよく憶えている。
誕生日にはいつもバースディソングをプレゼントした。
大きくなったら,将来スタジオに呼んで一緒にビートルズ
でも聴ければいいな,と思っていた。
この,海のそばのスタジオが好きだから,いつか子供と放送できるまで、
番組を続けたいと頑張ってきた。
今年でサージェント ペッパーズがリリースされて40年になる。
今でも僕はビートルズが好きだ。残念ながら,うちの息子はそんなに
ビートルズには興味がないようだ。 パンクとかヒップホップの方が
人気あるみたいだ。 親父はロックの古典が好きだけど,
彼らは明日の音楽を聴いている。青春の音楽だ!!若いってだけで羨ましい。
「せっかくスタジオに来るんだから,何か自分の好きなCD持って来たら?」
と言ったら,友達がコピーしたCD-ROMを持ってきた。
そのCD-ROMの1曲目の「MY LITTLE DIRTY SECRET」という曲
が好きなんだそうだ。   でも,誰が歌ってんだか彼は知らない。
「お前、!!!そんなもんラジオでかけられるわけないでしょ!!!」
と,言ったら、がっかりしていた。
歌手は知らないけど, 彼はその歌が好きらしい。
放送中は気を使って,いろいろ手伝ってくれた。 帰りに,ご褒美にラ・マーレで
お茶をしたら,とっても幸せそうな顔をしていた。
口では言えないが、今日の親父は その何十倍も幸せだったんだよ。
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by koyonagamura | 2008-11-07 18:00 | 日記 2007-2009
ガキがコンサートに初参加―やっぱりレッチリは偉大だわ
2007年6月21日

11歳になる息子と2人で初めてのロックコンサート鑑賞に行ってまいりました。
6月の5日のレッド ホット チリ ペッパーズであります。2時間ばっちりきめた,
初日であります。実は,その前の5月のゴールデンウィークにグッド シャーロット
のチケット買って一緒に行くはずだったんだが,息子が全然乗り気じゃないんで
「お前,行きたくないのか?」と聞いたら,「グッドシャーロットなんか見たくねー。
友達と遊びに行きたい。」と返事されて,「お前なんか,連れてってやるもんか!
馬鹿野郎!」と,親子喧嘩になり,当日キャンセルするという,長村家はじまって
以来の大人げない,くだらない内輪もめをしでかしまして、、、。 
今回は親父としての名誉挽回のコンサートでありました。
学校で 「いーなーぁ,おまえレッチリ行くのかよ~」
なんて,言われちゃった息子は 「親父,俺,コンサート楽しみにしてるぜ!!!」
なんて, グッドシャーロットをドタキャンしたことなど, 微塵にも感じさせない素直さで
悦びをあらわにしており, 私は改めてレッチリの偉大さを認識したのでありました。
(長村家の家計図の私と息子との間の棒線にレッチリと書いちゃおうか?)
さて, コンサート中,人差し指と小指を立てて腕を突き上げてオウ,オウ声援している
息子を横目でみて,
「俺のような爺よりも,初参加のこいつの方がよっぽどキメテルじゃないかよ。」 と,
ちょっと嫉妬したものの,この子は,これから何十年もこうしてロックを
聴きにくるんだろうな~。 なんて思って, 思わずジワ~~~~ときたわけだ。
ということで,私にとって,その日一番輝いて見えた東京ドームの中心人物は
レッチリではなくうちの息子でありました。
そういう1日があっても,まあ,いいよな。
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by koyonagamura | 2008-11-06 18:00 | 日記 2007-2009
春の陽だまりの中で
2007年5月10日 春の陽だまりの中で


最近、ガーデニングに熱中しています。
春先のヒヤシンスに始まって、ユリとジャーマンアイリス、
の花を咲かせて、その後は、チューリップを40本育てて
ルーフバルコニーを春でいっぱいにしました。
現在は、球根から育てたユリがたてつづけに巨大な花を
つけて歓喜しているのと、夏に向けてヒマワリを育てております。
今年はサクランボも獲れたし、そろそろトマトの実も赤くなって
まいりました。
葉山では当たり前ですが、我が家は東京のど真ん中、六本木ヒルズを
バックに夏にはヒルズより威風堂々としたヒマワリで東京の空をいっぱい
にすることを楽しみにしています。
個人的にはチューリップの色とりどりの可愛らしい花がお気にいりでした。
同じ赤でも同時期に咲いた椿の花のようなドス暗い赤とは比較の対象にないような、
鮮やかな、赤、そして同じチューリップでも種類によって形状と色が全然
違うのです。それらの花が花壇に並ぶ姿は、世界中の子供たちが
カラフルな服を着て集団登校で行列してるみたいで、あまり微笑ましくて
涙が止まりませんでした。春先の強風に揺られて,花びらが落ちちゃった
時などは,天を見上げて神の非情さを どんなに呪った事か、、、、、。
このチューリップに投機して,どれほどのオランダ人が破産したか
知りませんが,当時の人々がこの花に狂ったのも解らない話では
ないような気がします。当時より,改良に改良が重ねられて,これだけ
種類の豊富な色鮮やかな品種ができたのでしょうね。
日本でも,ヨーロッパでも,アメリカでもバブリーな処に居ると気分が
いいもんです。春の日差しを浴びながら,チューリップに囲まれて
ルーフバルコニーでクラシック聴いてワイン飲んで昼寝して、
それだけで,僕は十分幸せだ。ちなみにチューリップの球根は一個19円でした。
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by koyonagamura | 2008-11-05 10:51 | 日記 2007-2009


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