SHONAN BEACH FM -NAGAMURA KOYO 長村光洋

湘南カチート 水曜23時 JUKEBOX 金曜17時 N盤アワー 月曜23時 のブログです。
カテゴリ:ビーチFM今日の日記2012~( 29 )
sayonara JUKEBOX
ビーチFM 今日の日記 14年 6月から

50年代ジュークボックスが輝いていた頃のロックン・ロールを思う存分聴く番組「湘南ジュークボックス」が終了しました。今の世の中はあたかもビートルズが若者の文化を変えたような歴史を演出していますが、一部には認めるところはあるものの、実際50年代にはお膳立てが十分に出来ていたでしょう?というのが番組のコンセプトでした。さて、この音源には「ブランズウィック、ルーレット、パイ、、」といったレーベルの再発廉価盤を使っていまして、もちろん全て輸入品でありますが大体2~3枚組で1000円前後で買うことができました。一枚あたり25曲入ってますので一曲15円位にすぎません。ダウンロードで一曲ずつ買うより遥かに安いのです。おそらく著作権が切れているのだと思いますが、2012から13年はこの手のオールディーズベスト盤が大量にリリースされました。番組の継続と共にCDも100種を超える数に達し、ざっと計算すると50曲×100=5000曲以上になりました。仮にこれがドーナツ盤だったら新たな仕事部屋を必要としたでしょう。これらの原盤は通常2000円から5000円でオークションで取引されておりますから物的価値は無いものの音源的価値は3000×5000=なんと壱阡伍佰萬円に相当いたします。しかし旨い話ばかりではありません。通常このCDには曲の解説が一切ついていないのです。番組で紹介する曲は12曲程でしたが、これを調べるのに1日かかることもありました。
つまり、著作権が切れる前の2012年だったらば、そして労働コストをふまえると「湘南ジュークボックス」は途方も無く贅沢な番組であったわけであります。今から考えれば2013年にラジオ局が制作すべき、まさしく旬なグッド・タイミングな企画でした。残念ながら終了してしまいましたが音源や資料は大切に保管しておりますので、いつの日かまた、このアーカイヴを湘南の海に向けて流してみたい、そう思う今日この頃であります。
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by koyonagamura | 2014-06-30 13:03 | ビーチFM今日の日記2012~
ポール 
ビーチFM 今日の日記 2014年5月

body 楽しみにしていたポール・マッカートニーのコンサートが延期されまして大変残念な思いをしております。晴れわたった青空の下、開演を待ち望む数万の観客にスピーカーから延期のお知らせが流れた時はある意味コンサート以上に劇的な瞬間であったと思います。しかし、さすが日本と申しますか、落胆して肩を落としたりポールの病状を気遣う人はいても、抗議する人や激怒する方々は見かけませんでした。私も彼の回復を祈るのみでございます。さて当日、国立競技場に詰め掛けたオジさんオバさん達のその後の対処の仕方を見ておりますと一人一人の性格が出て面白いのです。一番多いのが「やけ酒」を飲んだ方、そしてお酒を飲まなくても「やけ喰い」してしまったオバさん。40年いや50年ぶ りに帰ってくるはずだった青春の1日が逃げてしまったのですからお気持ちは察します。次に即座に気持ちを切り替えて映画を観に行った人、このタイプのオジさんは会社に勤めていても特にストレスを溜め込むこともなくスムーズに社会人生活を送った人々です。私たちの場合はビルボードに電話してセルジオ・メンデスの席を確保しタクシーで跳んで行きましたが、これは一言で言えば仕事よりも遊びが好きだったオジさんで、FMの尾前さんの場合、その前に千駄ヶ谷のホープ軒でラーメンまで食べてましたから、こういうのをお調子者のオッサンというのだと思います。最後に、一人で家に帰って昔のビートルズのレコードを聴いて涙を流していた方は誠に真のファンであります。こんな方が日本の経済を支えて きたのではないでしょうか?
払い戻しにつきましても、即座に換金するしっかり者と延期再公演のスケジュールを勝手にシュミレーションしだす者、チケットを記念にとっておくお宝鑑定団、世の中にはいろいろな人がいるもんです。結局、武道館のチケットを10万円で買ったリッチな人が一番得をするのではないか?金持ちほど得をする、この世の中のお決まりのパターンではありませんか? オークションに出ている武道館チケットの値段も面白くなってまいりました。中止になったら原価ですから売り買い共に難しい。こういうのに熱くなる相場師オジさんもおります。
半年前に一回観たものの、こうなるとどうしても観たくなるのが人間の性、是非、延期公演を実現させて頂きたいものです。その前にポールの御 回復を祈願いたします。
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by koyonagamura | 2014-05-26 13:01 | ビーチFM今日の日記2012~
ローマ  ビーチFM 今日の日記から

この春先は幼なじみのテンペラ画家の友人とローマへ行って参りました。絵画は日本に運ぶことができますが、教会の天井画、壁画、彫刻は無理です。今回はできるだけ教会や旧貴族の館を訪れました。今まで何度も来た場所ですが、頑固な画家の説明やら御意見を聴きながら鑑賞しますと違った見方ができるものです。さて、一週間以上も友人と寝起きを共にしていますと、日本では気づかなかったことが分かります。彼は朝昼晩と決まった時間に手のひら一握りの持病の薬を飲んでました。夕方になると足が痛むようで大好きな芸術鑑賞も困難になります。せっかくローマまで来て夕食を抜かすこともあります。銀座で待ち合わせて飯を喰ったり飲んだりするのとは勝手が違うようで、こんなに病気だっ たんだと初めて理解しました。旅行中、段々と「俺は介護人か?」と思うようになりましたが、これも人生です。それどころか今度はイタリア人の友人も突然急病にかかり入院してしまいました。翌日から毎日お見舞いに行くことになり、教会では彼の回復をお祈りしなければならないので美術鑑賞どころではなくなりました。ちょっと疲れた感じでローマから日本に帰ると中学時代からの友人から、自動車に轢かれて会社に行ってない、とのメールが届きました、、、。昔から私は自分の身の周りに起こる様々な現象について何かの真意や教訓を求めて参りました。しかし自分もふくめ50歳を過ぎて人間が老いて衰弱していくことについて、ミケランジェロやラファエロの描いた教会の天井画は未だに何も教 えてくれません。私が感じることは、その絵がただただ限りなく美しいということだけなのです。
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by koyonagamura | 2014-04-22 12:55 | ビーチFM今日の日記2012~
チェコに行って参りました。
チェコのプラハに行って参りました。ヨーロッパの中で大戦による破壊を免れてきた街はローマ、ゴシック、バロック、そしてアール・ヌーヴォーに至るまで多くの歴史的建築物に囲まれ、所々でタイムスリップした気分を味わえます。私の感覚では高齢者向けリアルなディズニーランドといったところでしょうか?ラジオ局のHPなのでここでは音楽の話をいたします。スメタナ、ドヴォルジャーク等の長い間抑圧されてきたスラヴ民族のクラシック音楽は今も国民から愛され、特にスメタナの「我が祖国」は民族の独立を記念する曲としてプラハ春の音楽祭においてオープニングに演奏されます。街と人とそして音楽が一致した時にその旋律は輝きを増し、私のようなクラシックに疎いもの でも思わず涙を流してしまう程です。街は毎夜クラシックのコンサートが開かれ街頭はチケット売りで溢れます。これほどクラシックが商売になる処は見たことがありませんでした。また、プラハはモーツアルトの「フィガロの結婚」 を最初にブレイクさせた都市であり、引き続き「ドン・ジョヴァンニ」を初演したことから彼の人気が高く、あの有名な人形劇にも「ドン・ジョヴァンニ」が演目にいれられます。人形劇はスラブ民族が抑圧されていた時代に唯一チェコ語を使うことが許された文化継承物で今でも愛され多くの劇場にて演じられております。FMでスターライトクルージンをやっていた時に60年代の女性歌手マルタ・クビショヴァーの歌をよく流しました。彼女は「プラハの春」の時代、歌うことで政府に反抗したあげく1989年の「ビロード革命」で30万の民衆の前に立つまで20年間歌うことを禁じられた歌手です。現在もプラハには60年代のポップス、ロック、フォークの雰囲気が残されている気がします。食堂やカフェでかかる音楽も なんとなく懐かしのアメリカンでした。2001年のチェコ映画「プラハ!(反逆者たち)」もこの時代を背景にしており劇中にはペトゥラ・クラークの「ダウンタウン」やナンシー・シナトラの「シュガータウンは恋の街」が使われていました。反骨精神の塊のような歴史を生きてきたこの街の人達は一見、無愛想である感もあります。いちいち口に出していたらやりきれない程の苦い経験だったでしょう。しかし、その歴史と文化に、そしてヴルタヴァ川の夜明けの光に恋をした日本のおじさんでありました
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by koyonagamura | 2014-03-05 14:20 | ビーチFM今日の日記2012~
ハンガリーに行って参りました。
この冬はハンガリーを訪れました。東欧は寒いという評判だったのでユニクロでヒートテックのももひきを大量に買い込みましたが、幸い天気に恵まれ快適に過ごせました。宿泊したボスコロホテルは今まで滞在したどのホテルよりも豪華で、パリやニューヨークのホテルが貧弱に感じます。しかも値段はパリの3分の1程度です。ここのカフェは歴史的建築物に指定されています。この世のものとは思えない気品溢れる内装で、あまりのゴージャスさに緊張して味が分からなくなる程です。本当は必要じゃないけど必ずジャケットを身につけて食事しましたが、鏡に映る姿はまさしく「豚に真珠」 で旅行に来て猜疑心に悩まされてどうする?と自分を励ました次第です。この建物は共産主義政権下で倉庫として使われていたそうで、当時の話を聞くと背筋がゾッといたします。
さて、音楽の話ですが、ブダペストにはオペラ、バレェ、ミュージカルと意外と多くの劇場があり旅行者を飽きさせません。ミュージカルでは「メリーポピンズ」なんて懐古趣味のオヤジが涙を流す演目も予定されておりました。私が一番感心したのはチケットが安いことです。「カルメン」を見たときはステージ前方席が2000円だったし、オペラ座の「クルミ割り人形」も20ユーロ位、一桁間違えてんじゃないかと驚きました。とは言え決してカジァルではなく、一番小汚いのは旅行者である私たちでした。この街には市民の手の届く所に劇場があり、扉が開かれています。そして劇場があるから音楽家も育ちます。カルメンでは素晴らしいソプラノを聴かせる地元のPolina Pasztircsak がミカエラを演じました。休憩時間に隣のハンガリーの伯父さんが「彼女は才能があるだろう。今、イタリアから招待を受けていて向こうでも歌うんだよ。」と自慢げに教えてくれました。こんな金の卵も、2000円でオペラが見れる、そんなハンガリーの文化から育つものなのです。劇場が終わったらレストランでトカイワインをスプーンで味わいながらジプシー音楽を聴く余興もあります。また一つ人生の楽しみが増えた、そんなハンガリーの旅でした。
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by koyonagamura | 2014-01-21 14:40 | ビーチFM今日の日記2012~
隠居系男子
ビーチFM 今日の日記11月から


草食系だの肉食系男子という言葉が流行ってから時が経ちました。最近は僧職系というのもありまして、ビーチFMにも和服を愛着して昼のお弁当が木箱だったりするオツな方がいらっしゃいます。◯◯系という言葉は増殖を続けて今や相当な数に上っています。それはライフスタイルが多様化していることによるものでしょう。さて、私の周りにはどんな人達が多いかと申し上げますと、それは隠居系であります。隠居とはフリペディアによれば「歳をとってもしぶとく生きていること、譲るに足るだけの資産を保有することが『隠居』の条件であり、殆どの年寄りはもうろくして仕事を引退してもただの「じいさん」と呼ばれるにすぎない。」と定義されております。歴史的にいえば平安時代の白 河 天皇が堀河天皇に皇位を譲って上皇となり後に院政をひいたり、鎌倉時代には藤原頼経、室町には足利義満、そして織田信長も徳川家康も家督や将軍職を譲って隠居なさっております。これら権力者に対し江戸時代の町人文化の中には隠居してから文化的偉業を成し遂げた人物が多く存在しました。その中には西鶴、芭蕉、広重等がおり、まさしく日本文化は隠居人によって創造されたといっても過言ではございません。現代社会において我々平民の隠居系男子に共通する点とは、本来引退する歳ではないが早々と競争社会での余計な出世欲や金銭欲を捨て、真に自分のやりたかったことに時間を使うことであります。芸大受験に失敗して経済人となるが五十にして夢を捨てきれず自称画家になった男とか、テニス仲 間には早期退職してテニスに打ち込み七十にして世界制覇を目論む夢のある隠居系男子が山のようにおります。絵描きのおっさん、テニスのおっさん、そして私はラジオのおっさんでしょうか?この18年の間、昼間は表社会の商人として働きながら、夜は名前を変え別の人間となって隠居系DJをやってまいりました。そしていよいよ50代半ばにして表裏が逆になりつつあります。中高年には大変厳しい時代がやってまいりました。しかしここは隠居系でのりきり、新たにフレッシュな文化を築くため奮闘して欲しい、そう願う今日この頃です。
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by koyonagamura | 2013-11-12 11:24 | ビーチFM今日の日記2012~
電車とタクシー、飛行場のおもてなし
ビーチFM 今日の日記  10月から
この秋は香港、ソウルとアジアの都市を訪れました。二都市とも地下鉄が充実しており、外国から旅行者が来ても移動に困ることはありません。特に自動切符売り場の外国語の普及については東京は後進国で焦りを感じました。設備が充実しているにもかかわらず、地図を広げて行き先をチェックしていると「何か助けることはありますか?」と英語で尋ねられました。かなりフレンドリーです。逆にこちらから尋ねても、きちんとした英語で返事がきます。日本人が一般的にこのレベルに達するには短くて5年かかるのではないでしょうか?まして香港は英国領だったわけだから日本とは比較になりません。これはアジア経由の外国人旅行者に共通する意見ですから気をつけたほうが良いと思います。
旅行者は当然タクシーに頼ることが多いです。タクシーの運転手とのコミュニケーションはどこの国も難しいですが、ソウルのタクシーのナヴィゲーションは英語対応でした。とにかく値段が安いから少しぐらい遠回りされた気がしても、あまり怒りを感じません。スターバックスやイタ飯屋の値段は特に違いがないのに何故タクシーの料金がこんなに違うのか不思議に思います。ところで両国とも政治的に反日と聞きますが、香港には日本車輌の日式タクシーというものが普及しています。一方、ソウルで日本車を見かけることは稀です。お国によって事情は違うのでしょう。
仁川飛行場にしても香港にしても成田よりはアクセスが便利です。なによりも公共交通機関を使った場合の運賃が安価です。羽田は国際線ができて大変便利になりましたが、夜遅くモノレールで浜松町に行った時には、まるで60年代か70年代にタイムスリップしたような恐怖心を感じました。貿易センタービルの建て直しが決まったそうなので期待しておりますが、、、。
最近、オリンピックと共に「お・も・て・な・し」という言葉がブームになっています。私は日本文化の「おもてなし」を考えるのもよいのですが、海外のサービス基準を勉強することも必要だと思います。特にコミュニケーション能力は不可欠です。頭で描いたことが一方的な押しつけになってしまったら本当にもったいないことですよね。
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by koyonagamura | 2013-10-23 13:35 | ビーチFM今日の日記2012~
フカヒレ中毒 人類最後の一人
ビーチFM 今日の日記 9月から
近くにフカヒレの専門店ができました。とにかくランチタイムはお手頃なお値段なので、気軽に立ち寄ったところフカヒレ中毒になってしまいました。カリフォルニアの一流ホテルでは食材として禁止される等、乱獲した結果その数を危惧する御時世です。申し訳ないが、暫くしたら中毒症状から脱するであろうから今回は御勘弁願います。通常のフカヒレスープなるものは春雨や湯葉、エイヒレでごまかすものが多く、一体どれだけフカヒレが入っているのか疑問のものが殆どですが、ここのは姿煮で大きなスープ皿に5枚位のっている豪華版です。何も考えずに食べれば天国にいるような気分です。しかし、何故ランチとディナーではそんなに価格差があるのでしょうか?恐る恐る「ディナーで 出すフカヒレもこれと同じ料理ですか?」と訊いてみましたら、給仕さんは毅然とした態度で「ディナーには尾びれを使用しております。今、御客様がお食べになっていらっしゃるものは胸びれの部分でございます。」説明してくれました。自分が最高だと信じていたものはBランク食材だったのです。そういえば、この店の近くに気仙沼からきた寿司屋があってフカヒレの寿司を安価でだすのですが、よく考えると寿司のシャリの上にフカヒレの尾がのる訳がありません。
実は高級食材となるのはジンベイザメ、ウバザメ、アオザメでこれらは国際的に規制されているため貴重品であります。高級なのは尾びれで、しかも上側は骨が硬いから下側だけ使うそうです。一般的であるヨシキリザメの低価格な胸びれ食 べて天国に行った気分になった私は幸せ者だった のです。こうなったら是非、一度はジンベイザメの尾びれを注文してみたいと思うものですが、さすがに可哀想で食べられません。一度も人間をアタックしたことがないのに「人食いザメ」の容疑をかけられた凶暴な奴を注文するしかないでしょう。とはいえ、どちらもコラーゲンたっぷりで美容効果があるそうです。「長村さん、これを食べたら明日お顔の肌がつるんつるんしてますよ。」と言われて「本当かよ?」と少し期待しましたが、次の日、誰一人として気づきませんでした、、、。
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by koyonagamura | 2013-10-23 13:31 | ビーチFM今日の日記2012~
原爆記念日に生まれて、53回目の誕生日
ビーチFM 今日の日記から - 8月

8月に生まれるというのは大変なことだ。まずはエアコンの無い時代、夏の暑い盛りに子供を産んだ母が苦労をした。子供の頃は誕生日パーティというものをした記憶があまりない。学校が夏休みに入って友人と連絡がつかないからだ。まして私の誕生日は広島の原爆記念日である。朝起きてテレビを付けるとサイレンが鳴って、みんな黙祷を捧げるのである。子供ながらに「今日はお祝いなんかする日じゃないんだ。」と自粛ムードの1日を過ごしたものだ。「ハッピーバースデー」と言われると、「、、、まぁね、、、。」なんていつの間にか応えるようになってしまった。こんな調子で育ったから、大学時代には10フィート運動という米国から核の映像フィルムを一人10フィートずつ購入して映画を作る活 動に参加した。反核映画の上映会を開いて駅前でビラ巻きしていた位だから、結構本気だった のだと思う。本当は誕生日が原爆記念日だっただけなんだけど、、、。海外に在住した時には、さすがに平常心で誕生日を迎えることができた。しかし、異国の友人と祝杯をあげながら「実は今日はなぁ、、、俺の誕生日だが、でも本当は広島の原爆記念日なんだぜ、、、」なんて話し始めると、みんな難しい顔になってしまうのである。
今年は53歳になって初めて原爆式典に参加した、東京でつまらない誕生日を過ごすくらいなら、いっそのこと一人で広島に行きましょうか?と思ったのだ。前日にはお好み焼き屋のはしごをして夜中までブラブラして、翌朝、式典に向かうと世界中から来た見学者で会場は満員だった。街全体が平和への願いで包まれており、私は霊感がするどい方ではないが、良いオーラを 感じ た気がする。来年もここに来ようかな?と思った。もちろん、これは悲壮な歴史である、でも私は原爆記念日に生まれて良かったかもしれない、そんなポジティヴな広島の街だった。
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by koyonagamura | 2013-08-21 10:36 | ビーチFM今日の日記2012~
どうしても日本に来てもらいたかった人
ビーチFM 今日の日記 2013年7月

初めてウィルコ・ジョンソンのライヴに行ったのは30年も前の学生時代で、その狂人的なパフォーマンスに自分の人格の一部を破壊されてしまった。社会人になって残業続きで目が死んでいた時、彼が再び来日し、僕は同僚を誘ってスーツ姿で熱狂する観衆の中に飛び込んだ。演奏が終了した時は全身汗でビッショリでスーツもネクタイもボロボロだったが、まじで自分のスーツに「ざま〜みやがれ。」と思ったものだ。翌朝は「俺にはウィルコがいるから大丈夫だ。」と思いながら上司の前のデスクについた。僕が留学先を英国にしたのもウィルコの影響だ。そして彼がロンドンのパブで演奏するときは必ず足を運んだものだ。
この40年間、日本は彼の母国に次いで、いや、それ以上にその ギタープレイを熱狂的に支持してきた。彼も人間である、浮き沈みもあるが、僕たちは人生を通して彼と向き合 うことができた。311の原発事故の直後の来日では、仲間から危険だから日本に行くことを止められたそうである。そこで彼の一言「私はどうしても日本に行きたかった、日本の皆を愛しているから、、、」
 そんな彼が今年1月、膵臓癌に侵され余命のないことを発表した。そして、治療を行わず、残された1年弱の時間をステージに懸けるという決意を表明した。今年の始めには「最後にどうしても日本に行きたい。」という希望で、急遽さよならツアーが実現した。Bye Bye Jhonny の終わりでBye Bye Jhonny Good bye Wilko. と歌いファンに別れを告げた彼だった、、、。
あれから月日が流れ、先日、彼は今どうしてるんだろう?なんてボ〜っとパソコンを眺めていたらとんでもないニュースが流れ込んできた。なんとウィルコ・ジョンソンが、最後の最後(?)にフジ・ロックのメイン・ステージに立つことが決定したのである。彼の言葉を借りれば「私は最後の最後にどうしても日本に行きたかった。」ということになるだろうか?こんな場所を設定してくれた主催者に敬意を表すると共に、会場で何人のおじさんが号泣しているか分からないが、その中の一人は私です。
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by koyonagamura | 2013-07-11 23:48 | ビーチFM今日の日記2012~


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